第一義としてのミステリー小説。『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 Ⅰ 〈case.剥離城アドラ〉』

 遺産相続を端に発する殺人事件。
 金田一耕助が携わった事件をリストアップしていけば一件くらいは引っかかりそうだし、なんなら今この瞬間にもどこかのミステリ小説家が題材に選んでいそうな程には、普遍的な題材である。
『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 Ⅰ 〈case.剥離城アドラ〉』のあらすじもそのようなものであった。だが、私はこの小説を、他のミステリ小説と同様に気軽に人に薦めることは出来ない。
 何故か。それはこの『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』シリーズが、ミステリ系作品ではなくバトル系作品であるからに他ならない。

 

 

 私にFate/Grand Orderを薦めた相互フォロワーの、Fateシリーズでにおけるお気に入りが、『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』だった。私がロード・エルメロイⅡ世と出会った経緯を端的に表すとこうなる。TwitterのTLからの受動喫煙という手段を用いて俺にFate/Grand Orderを始めさせることに成功し、コロナ禍になる前のオフ会で買って数時間の『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 Ⅰ 〈case.剥離城アドラ〉』を見て親指を立ててくれたあの方には、2019年8月のあの日に買った第1巻を読了するまで1年半かかってしまったことをここで謝罪しておこう。

 上記の通り、『ロード・エルメロイⅡ世』シリーズは単なるミステリ作品では無く、ノベルゲーム『Fate/Stay Night』を端に発するFateシリーズのスピンオフ作品という側面の方が強い。作品のミステリの根幹となっているのが“魔術”であることからも、その様子が伺える。
 シリーズ名にも名を冠すロード・エルメロイⅡ世も、実態は『Fate/Zero』の登場人物、ウェイバー・ベルベットの成長した姿。第四次聖杯戦争を師を失いつつ辛くも生き残った彼が、師の遺した教室とエルメロイの名、そしてアーチゾルデ家の借金を引き継いだ10年後の姿こそが、ロード・エルメロイⅡ世、という訳なのである。

 

 

 本作『剥離城アドラ』は、彼をロード・エルメロイⅡ世に仕立て上げた義妹、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテからの、「ある魔術師の遺産を相続できるかもしれんから行ってきてくれ」という(立場の差を存分に利用した命令に等しい)依頼から始まる。だが、内弟子のグレイと共に剥離城アドラに赴いたⅡ世を待ち受けていたのは、魔術師達による遺産を賭けた謎解き合戦と、その裏で進行する凄惨な連続殺人だった、というのが本作のあらすじである。

 

 体裁だけなら立派なミステリ作品だが、骨子を形作るのはFateが積み上げてきた魔術世界のそれである。広辞苑でミステリーという単語を引くと、第一義に”神秘。不思議。霊妙”、第三義に”推理小説”と記されているが、本作にミステリーという単語を用いるならば、どちらかといえば第一義の方がふさわしかろう。

 オマケにFate自体が、聖杯戦争という「現代に召喚した英霊を戦わせるデスゲーム」を描いた作品であるからか、謎解きよりも魔術師同士の戦闘描写の方が目立っている。故にどちらかと言えば、ミステリものよりバトルものの方が、分類としては正しいと思われる。

 

 という訳で、『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』はバトル系作品ということが証明されたが(されてない)、こうしたバトル系作品を読み進める読者には等しくあるものを要求される。
 文章を脳内で再生させる想像力である。

 

 漫画や映像作品ならば、作画担当の描いたイラストやカメラマンが撮った映像を、そのまま目から視覚情報として摂取すれば良いが、小説だと目で読み取った文章を脳内で映像に変換する必要がある。
 これが普通の小説ならばまだしも、先程も述べた通りこの小説の根幹は魔術である。登場キャラは揃いも揃って魔術師だし、唯一の例外である内弟子のグレイでさえ魔術系の能力に無関係ではない。するとどうなるか。それはもう現実ならCGだの特撮だのを使わねば再現出来ないエフェクトの乱打戦。読者の脳は大急ぎで漫画家やら映画監督やらに就職しなければならなくなる。

 

 作者の三田誠先生は、本作が漫画化された際に、あとがきに以下のコメントを残している。

――TYPE-MOONさんの世界をお借りして、幻想と魔術を織り合わせたミステリ風作品と言えば聞こえはいいですが、僕の原作は小説上の技法に強く依存していました。読者の中に散りばめられた幾多のイメージを励起し、つかのま謎と神秘に満ちた世界を呼び起こそうとつとめたのが、原作の『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』です。

 

 この発言からも読み取れるが、本作における魔術描写は、作品世界における魔術がどのような設定であるかに関しては実に詳細だが、登場人物が魔術を用いて行っている言動、魔術が引き起こす現象に関する地の文は抽象的なものが多い。つまり本作の魔術に関する肝心な描写は、大雑把な骨組みだけ記すに留めて、あとは読者の想像に任せているのだ。

 すなわち、本作を読む際に要求される想像力は、一般のバトル系小説のそれを凌駕しているのである。


 もし本作を読みたいという方の中に、文章を脳内再生するのが不得手という方がいたら、先程ちらりと存在を言及した漫画版を勧める。小説版の作品世界はそのままに、作画担当の東冬氏による、原作の三田誠先生が太鼓判を押す画力で小説版の魔術描写が(モノクロで)彩られている。

 

 

 しかし、ここまで作品のことを喋り倒して肝心の内容の是非に触れないのもどうかと思うので言及しておくが、『面白い小説という体裁をとった、“ロード・エルメロイⅡ世の事件簿”がどういう作品でどういうキャラが出るのかの解説本』という感想を抱いた、とだけ述べておく。
 全巻読破するつもりだからこんな印象に至ったのだろうか。少なくとも、私は本作に贔屓目抜きの正当な評価を下せそうにはない。今の私に出来ることは、来るFate/Grand Order期間限定イベント『復刻 レディ・ライネスの事件簿』に向けて、ロード・エルメロイⅡ世とライネス・エルメロイ・アーチゾルテ召喚用の石と、グレイ用の素材(主に骨)を貯めることだけである。